亀田問題2

選手に問題は無い、問題が有るのはジムの方だ!!

試合前の掛け合いは、試合を盛り上げるスパイスでもある。今回は亀田vs内藤と
いう状況を作り出すために、行ったことであると理解出来る。正直、亀田が内藤に
勝てる可能性は限りなく低かった。実力の差は歴然としていたからだ。本来ならば
話題にならない試合だった。それをあそこまで盛り上げたのは、仕掛け人の見事な
手腕と言える。

勿論、勝負に絶対は無い。内藤自身も凄いプレッシャーがかかっていたはずだ。
勝って当たり前。世界チャンピオンとしての圧倒的な力量の差を見せなければ
ならないという、これまでとは正反対のパフォーマンスを求められたからだ。もし
負ければ、内藤はチャンピオンベルトと共にボクシング人生の全てを失う可能性
もあった。今回は内藤の方がキツかったと言ってもいい。

問題は亀田の負け方だ。試合直後に内藤に対して敗者としての礼を示し、会場
のファンにも詫びと応援に対する感謝の念を一言言えば良かったのだ。しかし、
亀田は試合後何もせずに控え室に戻ってしまった。この場面での対応が全てを
分けたと言ってもいい。

ジムはボクシングの技術を磨くための場であるが、それと同時に人間性を磨く場
でもある。会長やトレーナー達に対する礼儀、同じジムの仲間達に対する感謝の
気持ち、これらを身に付けることが出来ない人間に強くなる資格は無い。どれほど
才能があろうと関係無い。個人の才能に大きな差など無い。あるのは意志の強さ
だけだ。人は一人で強くなることは出来ない。周りの理解と協力があって、始めて
強くなることが出来る。それはあらゆる武術、格闘技に通じる真理。例外は無い。

強くなればなるほど、リスクは高くなる。相手を殺す可能性と自分が殺される可能
性だ。素手で人を傷つけることが出来る技術を、誰にでも教える訳にはいかない。
地道な基礎練習をするのを見ながら、その人の本質を見極める。そうしなければ
自分の学んだ技術を、誤った事に使われる可能性が高くなるから。そんなことは
許されない。自分の師や先達達に対して申し訳ない。門派の誇りが許さない。

勝ち方を教える以上に、負け方を教えることは重要だ。負けた時、どうゆう対応を
するべきなのか。それは言葉で教えることでは無い。頭で理解することでも無い。
日々のジムワークの中で自然と身に付けていくものだからだ。その人自身が心で
感じ取ることなのだ。そのための場としての雰囲気を、ジムは作り上げなければ
ならない。これは、優秀な選手を一人育てることよりもずっと難しい。

ジムに来る人達は、プロもアマも練習生も体力作りの人達も皆同じ「ジムの仲間」
なのだ。勿論、上下関係はある。けれども、それは封建的なモノではない。男性
社会の中で自然と形成される必要な機能だからだ。その方が集団として統制が
取れて、スムーズに物事が運ぶことが多い。その「仲間」という概念は、対戦相手
にも適用される。ジムは違えど、同じボクシングという格闘技を学び、同じリングの
上に立つ男。言葉では何を言おうとも、拳に宿る力と相手への視線に嘘を付くこと
は出来ない。だから、試合後は全てチャラになるのだ。全てを出し切ったならば、
相手への感情も全て消える。残るのは、同じ場を共有した仲間と応援してくれた
人達への感謝の気持ち。生きていることへの喜び。勝ち負けは結果に過ぎない。

だから、私は今回の亀田問題の責任はジムにあると考える。選手に責任は無い。

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この記事へのコメント

マイケル
2007年10月21日 22:06
選手にも責任はあるでしょ?
ジムの方針だったのかもしれないけど、「内藤くん」とか「ごきぶり」とか。
ジムの責任??亀田という一人の人間性の問題では?亀田家の問題と言い換えてもいいが。
もちろん、そのような発言を許しているジムは当然悪いけど、人間として亀田家の三バカ兄弟とバカ親は、最低の人間だってこと。
都合のいいときばかり、未成年に戻ったり、ジムに所属したりするのはやめてほしい
村人A
2007年10月22日 01:50
個人的な意見ですが、一つのことに打ち込んで頑張っている人に「最低」な人間なんて居ないと思います。どんなスポーツにも言える事ですが、毎日とてもつらい練習を行って試合に臨みますよね?日々の練習の中には苦しかったり、辞めたくなるようなことが沢山あったと思います。そういう部分を全く見ないで「最低」だなんて僕にはとてもじゃないですが言えません。
確かに、ゴキブリだの切腹だの内藤選手を馬鹿にする発言がひどいとは思うのですが、あのころのマスコミは間違いなく大毅選手の過激な発言に期待していたと思うんです。
あの発言に問題が無かったとは思いませんがあの発言が試合を盛り上げたことは間違いないでしょう。
かんくすさんの言うとおり大毅選手の負け方には問題がありました。でも今のマスコミの大毅選手への批判は度が過ぎていると思います。こういう言い方もあれですが次の大きな話題が起こってそっちに流れて欲しい物です。
かんくす
2007年10月22日 01:57
初めまして、マイケルさん。
私の考えとしては、選手が人間として一人前でないならば、そうゆう選手をリングに上げてはいけないと思う。それを許した時点でジムとしての責任を問われることになる。ジムと選手は一蓮托生だから、それだけの覚悟を持っていないとジム運営は出来ません。
かんくす
2007年10月22日 02:26
村人A君、コメントありがとうございます。
私も同意見です。ボクシングは決して楽なスポーツではありません。試合での一時の輝きのために、数ヶ月以上の地道な苦しいジムワークをこなさなければなりません。亀田家の三兄弟はその強さを手に入れるために、それ相応の犠牲を払ってきたはずです。私はその彼らを批判する気はありません。
周りの大人達が彼らを煽り、世間に色眼鏡をかけさせたのだと思います。彼らも驕った部分が多少あったかも知れない。でも、彼らの酷い言葉は本心では無いと思います。同じボクサーを、ましてやチャンピオンを本気で罵るボクサーは居ません。リングに立つ事の重さを知っているはずだから。

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